京都地方裁判所 昭和44年(む)267号 決定 1969年11月08日
主文
原裁判はこれを取消す。
本件接見禁止等の請求はこれを棄却する。
理由
一、本件申立の趣旨並びに理由は、検察官提出の準抗告申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
二、本件資料によると、被疑者は昭和四四年九月二二日往来妨害、公務執行妨害被疑事件で現行犯逮捕され、右公務執行妨害被疑事件につき勾留中であったところ、同年一〇月四日同被告事件により京都地方裁判所に起訴せられ、引続き勾留を継続されてきたが、同月一六日弁護人から保釈請求がなされ、同月二一日同裁判所裁判官により保釈保証金一〇万円で保釈許可決定がなされたのに対し、同日京都地方検察庁検察官から準抗告の申立がなされたところ、準抗告裁判所は同月二五日右申立を棄却し、保釈保証金を一五万円とする保釈許可決定をなした。右決定に基づき被疑者は同月二九日京都拘置所を出所したところ、同日午後七時五分右拘置所前路上において、本件被疑事実に関し、通常逮捕状に基づき逮捕され、同年一一月一日京都地方検察庁検察官から勾留請求がなされ、これに対し、京都地方裁判所裁判官は右請求から六日間も経過した同月六日に至り右勾留請求につき、逮捕手続に違法な点があるとしてこれを却下したのであるが、同日京都地方検察庁検察官から右却下の裁判に対し、準抗告の申立がなされたこと、一方、被疑者に対する本件被疑事件に関して、同年九月二四日頃から捜査が開始され、同年一〇月七日に、被疑者についての面割を了し、同月一四日には司法警察員による面割を主たる内容とする参考人調書が作成され、右の如き資料に基づき同月一八日京都地方裁判所裁判官から本件被疑事実に関する通常逮捕状(第一次逮捕状と称す)の発付を受けたのであるが、捜査官は有効期間内に右令状の執行を行わずこれを返還し、同月二七日に至って再度同一被疑事実について通常逮捕状を請求し、同日京都地方裁判所裁判官から右逮捕状(第二次逮捕状と称す)の発付を受け、前記のとおり同月二九日その執行手続を了したことが認められる。
三、当裁判所の判断
惟うに、逮捕段階において重大な違法が行われた場合には、これを前提とする勾留請求は原則として許されないものというべきである。この限りにおいて原裁判四の第二項の判断部分は当裁判所もまたこれを支持するものである。
しかしながら、当裁判所は、本件逮捕状の執行手続に違法があったとは認め難いのである。
1、原裁判は、前述のような経緯事情の下にあっては、本件被疑事実について発付せられた逮捕状を執行するについては、その交付を受けた後直ちにこれを執行すべき法的義務が捜査官に存する、というのである(尤も原裁判は、この法的義務は第一次逮捕状の発付を受けたときその第一次逮捕状の執行についてすでに発生しているとするのか、それとも、第一次逮捕状の執行がなされないままに返還されている事情をふまえて考えると、少なくとも第二次逮捕状の執行については右の如き法的義務が発生した、とするのかその真意を捕捉することは困難である。しかし、若し前者の如き立場を採るとするならば、第二次逮捕状はその発付を受けても最早執行が許容せられないものであるということになって原裁判四の第一項の説明と相容れないことになる。従って、原裁判は後者の立場をとる趣旨であろう)。果してそうであろうか。原裁判は、七日間という法定の有効期間を付して発付せられた第二次逮捕状が無効であるとの判断を示しておらず、しかも、一件記録を精査しても、その有効期間の右の記載にかかわらず、これを短縮するものである旨を告知した特別の事跡の認められないのに、第二次逮捕状の執行には右の如き法的義務が付着しているのであるからその法的義務の範囲内の期間を徒過した後に執行したのは違法である、というのはいかにも理解し難いところである。
2、勾留中の被告人に対し、他の被疑事実が発覚した場合、改めて逮捕状を発付するかどうかは、その発付の要件、殊にその必要性の有無について厳格に吟味すべきものであることは多言を要しない。ところで、第二次逮捕状は、被告人に対する保釈の可能性が極めて具体的になった段階において発付せられているのであること、前述の経緯に徴して明らかであって、その限りにおいては、被告人につき改めて逮捕状を発付すべき必要が存していたことは明らかであるし、一件記録によれば第二次逮捕状を発付するについてその他の要件も存在していたものと認めることができる。事件単位の原則による限りそうである。
3、この場合、捜査官としては被告人の人権保障の見地から、逮捕状を得た以上直ちにこれが執行に着手して二重の拘束状態を速やかに作出し、もって徒らに拘束状態の長期化を狙っているかの如き感を与えないよう配慮するのは望ましいことである。従って、若しこれを徹底するとするならば、第二次逮捕状を発付する際、七日間の法定期間を超える有効期間を拒否するは勿論、刑訴規則の明文に反して、その有効期間を更に短縮すべしということにもなるであろう。しかしながら、逮捕状の七日間という法定の有効期間は、例えば当該被疑事実の公訴時効が接迫しているというが如き特殊例外の場合を除き、これを短縮することは許されないものと解すべきである。勾留中の被告人に対し別の被疑事件が発覚したため、すでに起訴されている事実に基づく身体の拘束状態を新たに発覚した被疑事実の捜査に利用する可能性が存在するという本件におけるが如き事情は右の特別例外の場合には該当しない。のみならず、一件記録を精査しても被告人の拘束状態をこの捜査に利用したと認めしめる事跡は存在しない。従って、第二次逮捕状につき、その有効期間を刑訴規則の定めるとおり七日間として発付した点に違法はないし、これが執行期間をとくに制限すべき旨の告知が為された事跡のないこと前述のとおりであるから、第二次逮捕状の有効期間内である一〇月二九日にこれが執行を為したとしても、その執行手続に違法があるとはいえない。(ただこの場合には、勾留の取消を弾力的に運用することが望ましいというべきであろう。そして、場合によっては、逮捕状発付の際の必要性の吟味が更に一層厳になされることになる、ということになるであろう。)
4、しかして、他に第二次逮捕状による逮捕行為に違法と認められる点は存在しない。
よって原裁判が本件逮捕状の執行手続に違法があるとして本件勾留請求を却下したのは失当であるからこれを取消す。
四、ところで原裁判は本件勾留請求の前段階たる逮捕手続の違法を理由に右請求を却下したもので勾留の理由及び必要性については何等判断していないのであるから、その審級の利益を考慮すれば原裁判官のこの点についての判断を求めるため差戻すべきものと考えられる、しかし原裁判官は原裁判をなすまで勾留請求の日から六日間も費している事情にあるので今ここで差戻をすれば被疑者は勾留せられるかどうか不明のままで更に日数を重ねる虞れも多分にあるので、当裁判所は被疑者の審級の利益を犠牲にしても本決定においてその点の判断をするのが、結局は被疑者の利益に帰するものと判断する。
よって進んでこの点についての判断をするに、本件資料に徴すると、被疑者が本件被疑事実を犯したと疑うに足りる相当な理由が存するものと認められる。
そこで刑事訴訟法第六〇条第一項第二号の事由の有無についてみるに本件は事前共謀による多数人の共同犯行と認められるところ、その共謀の及ぶ人的範囲、実行行為の分担範囲等の具体的内容については十分明らかにされていないことが認められる一方、被疑者のこれまでの経歴、本件犯行に参加するに至った経緯、所持品及び本件犯行における被疑者の指導的立場等の諸般の事情を勘案すると、被疑者の他への影響力もかなり強く右共謀の諸点に関し共犯者等に働きかけてその適正な供述を歪曲する虞れが存するものと考えられ、被疑者には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が存するものと認められる。
また本件の事案の性質等の諸般の事情を考慮すると、被疑者を勾留する必要性は存するものと認められる。
よってその余の点を判断するまでもなく本件勾留請求を却下した原裁判は失当であるから刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項によりこれを取消すべきである。
五、なお本件接見禁止等の請求についてはその必要性がないものと認められるから、右申立は刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項を適用してこれを棄却することとする。
よって主文のとおり決定する
(裁判長裁判官 高橋太郎 裁判官 蒲原範明 見満正治)
<以下省略>